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第2話 光の指す導く先へ

「おはよう、お前の部下はまた外回りか?」
 ミシュガルドのフローリア本拠地に入ると、1人で来たボタンをジィータがからかう。
 既に地主達も集まり、資料を広げながら話し合いをしていたらしい。
「おはようございます、そんな感じですね」
 姫騎士になれば農業技士、農業魔道士、農業機械技術士、予備農場警備員などを専属の部下にして良いという規則があり、ボタンは偶然農業技士5級を持っていたシャルロットと一応刃物の携帯許可を取るために予備農場警備員の資格を取らせていたルーを部下として任命したのだが、見事に好き勝手に行動されている。
 今朝、堆肥の保管場所を通りかかった時に人間の頭のようなものが埋まっているように見えたことがボタンの脳裏を掠めたが、黙っておくことを選んだ。
 そんな2人を部下にした理由もボタンに中にはしっかりと存在する。
 表向きにはお世話になっているキャラハン家の長女であるシャルロットの将来を案じての採用であるが、真の目的はルーにあった。
 ルーは見た目こそ可憐な少女の姿をしているが、魔獣千手孕と妖精族のハーフであり、千手孕の再生能力と筋力、さらにそこに妖精族の俊敏性、判断能力と固有魔法の魔法反射装甲を併せ持ち、少なくとも姫を除けばフローリアに1対1でルーに勝てるものはいないとボタンは考えている。
 ただそれを従える事ができるのはシャルロットだた1人しかいないので、ルーを従えるにはシャルロットから雇うしかなかった。
「さて、早速相談したいことがあるんだが……」
「まずは、今後の作目についてだ。現在交易所ではミシュガルド外から持ち込まれた根菜類を中心に流通しているが、今後は壊血病予防に果菜類、果実類が求められるだろう、と認識しているのだがどう思う?」
「うーん、まずは地力を蓄えつつ、葉菜類を生産していくのがいいと思います。葉菜類なら一ヶ月でも収穫できますしね」
 壊血病はアスコルビン酸の欠乏によって起こる症状である。その予防に果実やその加工品が利用されるが、葉菜類でも十分にアスコルビン酸を取ることができる。
「しかし、今の家畜の数では畑全てを補えるほどの糞尿が出ないはずだ、良い案はあるか?」
 交易所から人糞尿を集めるのも手か、とジィータは言葉を付け足した。
「ヒトの糞尿はあれだけ様々な国から人が集まっているので感染症が伝搬する可能性がありますからやめておいた方が良いと思います」
 フローリアには死体を肥料にして畑に撒くという風習があるが、それも徹底された管理の元に行われる。
「ならば森か」
「はい、それなら新種を調査する言い訳にもなりますしね、リター層をかっさらってしまいましょう」
 リター層とは森林で落ち葉や枯れ枝などが地表面に貯まった層のことだ。
 戦後、フローリアはアルフヘイムから流れる無機栄養に富んだ水流を失ってしまったため、主力であった農業生産が大きく低下しているのが問題になっていた。
 そこでこのミシュガルドに進出し、新たな農地の確保と、新種の発見とその育種によってさらに生産性と商品価値をあげようとする目論見があったのだ。
「それと窒素飢餓が起こる可能性もあるので一度家畜の糞尿と混ぜて分解を待ってからの方がいいですね」
 一般に分解が進んでいない有機物はC/N比が高い。つまり通常の窒素に比べ炭素の量が多い。
 この状態の有機物を土壌に鋤き込むと微生物が一斉に分解を始めるのだが、分解するのに窒素を必要とするため、本来作物が利用するはずの窒素まで微生物が使ってしまう。この現象が窒素飢餓である。
 また、分解時に二酸化炭素も大量に放出されるため、これも作物の種子が撒かれていた場合発芽阻害を引き起こす可能性が出てくる。
「……なるほど、大方理解した。ボタンを姫騎士に引き入れたのは本当に正解だった。その知識量の多さには驚かされるよ」
 周りの地主達も感心した表情で頷く。
 フローリアも今でこそ他国より農業で大きく秀でているが、昔はアルフヘイムのように魔法で植物を瞬時に育ててしまう、いわば思考停止の野蛮な農法に留まってたため、ボタンが持つ基本的な知識でも知らないことが多くあるらしい。
「さて、次の議題だが……」


「すまんな、慣れていないだろうにこんな時間まで付きあわせてしまって」
 会議を終えた頃にはすっかり日も落ちかけていた。
「いえ、私も姫騎士ですので」
「気晴らしに森の方を探索したいのだが、一緒にどうだ?」
「はい、是非!」
「アタシも同行しましょう、原生生物もいるでしょうし」
 姫の中でも身長の高いジィータを軽々と超えるような巨体の女性が二人に声をかける。
 彼女の名はシャーロット、SHWを通じて雇われている戦士である。
 まるで下着のように露出の多い服装だが、女性が多く、デザインに多様性があるミシュガルド兵士の中では巨体を除けばあまり目立つことはない。
 一般人であるルーが最強ではないかと考えられるほど、フローリアの戦力は乏しく、シャーロットのような外部の人間に警備を任せているのだ。
3人で森へ入ると、静寂な空気が身体を包み込む。
日はもう沈んでしまったようで、ジィータの光源魔法がぼんやりと辺りを照らしている。
「これからしばらくはこの森のお世話になりそうだな」
 ボタンはその場で跳ねて落ち葉の感触を確かめ頷いた。
「見ろ、樹洞だ。これは菌類によって空けられたものだな」
ジィータはコンコン、とシャーロットが3人入ってもまだ余裕のありそうな洞の空いた大木を叩いてみせる。
「一見木にとってこれは害になることのように思えるが菌類が分解したのは死んだ細胞だ。そしてこの洞は衝撃を逃がすことに役立って、こんな大木でも倒木を防げるというわけだ」
「なるほど……」
「ミシュガルドと我々もこういう関係で有りたいものだな…」
「えぇ…」
「ふん!!」
 突如、シャーロットはジィータの光源魔法を手で握り潰し、ボタンが驚きの声を上げる前に二人を抱きかかえ大木の洞に滑り込んだ。
「ひぁ!?」
「静かに」
「何事だ」
 シャーロットの大きな手で指差す先にはいくつかの光球が浮いているのが見える。
「アルフヘイムか……?」
「光球魔法にしては不自然ですね、1つ1つが近すぎます。それに縦に並んでいるというのも……」
 しばらく3人で大木の洞に隠れて様子を伺うが光源は動く様子はない。
「うーん、アタシが様子を見に行ってきますよ」
 メキリと大木を掴んで立ち上がりシャーロットはずいずいと光源に近づいていく。
「大丈夫みたいですよー!!」
 他に脅威がいることも考慮せず大声をシャーロットが発するので二人の姫は急いでシャーロットと元へ駆け寄る
「これは……」
「綺麗……」
 大声に対する注意も忘れて二人は感嘆の声をあげる。
 光源となっていたのは一本のツル性植物であった。
 本来光合成を行うはずの平たい葉は球体に近い形をしており、野生のサトウキビらしき植物に巻き付いて葉を照らし続けている。
「これはおそらく……」
「寄生根でつながってますね」
「これも一種の共生関係というわけか……」
「さっそく持って帰って挿し木にしましょう……あっ」
 ボタンはあることに気づいて自分で声をあげる。
「どうした?」
「ちょっとやってみたいことが」
 ボタンは初めて魔法を使った記憶を脳裏から引きずり出し、右腕に魔力を集中させる。
「えいっ」
 少し冷や汗が背中に滲んだが、ボタンが考えていたより簡単に切断魔法は発動し、まるで初めからそうであったかのような切れ味でツル性植物と野生のサトウキビはスッパリと切れてしまった。
「挿し木にするのだな」
「はい、この私の魔法、命を奪う魔法だって決めつけていたけれど、命を生み出すこともできたんですね……」
「お前が自分で気づいてくれてよかった、これからお前も胸を張って姫騎士を名乗っていい」
「はい…!」
 ボタンはせっかくなので光を放つ植物で道を照らしながら帰路に付くことにした。




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新種、コウゲンヅルに関する報告書
フローリア名:コウゲンヅル
学名:Cuscuta candentis

 主にミシュガルド南部に生息し、イネ科植物に寄生根を吸着させ栄養を奪う代わりに、昼間に発光器官を持つ葉で吸収した光を夕暮れから日没直後にかけて放出し、イネ科植物の光合成を助けることで、共生関係を築いていると考えられる。奇しくも、フローリアにおける農業魔道士と作物の関係に近い。光合成能力は未展開葉しかもたず、葉は成熟と共に肥大化し、球体のような形になり、発光器官を内部に形成する。コウゲンヅルの光を浴びたイネ科は他の植物より高く成長し、昼間の太陽の奪い合いでも有利に立つことができる他、周りの長日植物は暗期を乱されて、上手く花芽を形成することができない、コウゲンヅルから少し離れた位置に生息する植物は中途半端に浴びた弱光により徒長してしまう、といったメリットも示唆される。今後は観葉植物や、コンパニオンプランツとしての活用が期待できる。
sage
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