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第1話 ガンマフィールドの姫巫女

「そうです!それが触手殺人術です!さぁ今日もたくさん殺しに行きますよ!」
「わーい、ルー殺すの大好き!」
━━朝から元気だなぁ…。
 1人の少女、ボタン・フウキが家の外から聞こえる騒ぎ声によって目を覚ます。
 声の主はボタンの居候先のキャラハン家の一人娘であり、ボタンの友人であり、部下でもあるシャルロット・キャラハンと、その従者、ルーだった。
 その辺の野生動物やチンピラを殺めるならまだマシだがそのうち甲皇国の人間をうっかり手にかけてしまわないか、ボタンは少し不安な気持ちになる。
 遠くからは聞き慣れない鳥の鳴き声が微かに響き、ここが異国の地であることを実感させる。
 ここはミシュガルド、ボタンのいた国とはどこか別にある大陸だ。
 タンスの上に置いてある甲冑を手に取ってボタンは今の職務に任命された日のことを思い出していた。


「私が姫騎士?」
「うむ、ソナタの力はきっとフローリアの復興、発展に繋がろう」
 ついさっきまで異邦人であることを除けば一般人に過ぎなかったボタンには、いささか理解しがたい状況であった。
 目の前のフローリアの玉座には女王が悠然と腰を据えており、周りには女騎士達がボタンを囲んでいる。
「私……確かに魔法は使えますが大したものじゃ……」
「切断魔法のことじゃな。もう一つ、固有魔法を使えると予言に出ておるぞ」
 この国でいう姫は他国でいう王位ではなく、単なる爵位の1つとして扱われる。
 理由は単純明解、この国の王女が誰とも子供をもうけるつもりはないからである。
 いや、誰ともというわけはなく、男性に興味がないため、少なくとも子供を授かる可能性はないということだ。
 フローリアには農業魔導士という職業があり、その中でも一際優れた能力を持つ女性が「姫」に選ばれるらしい。
「そうは言われましても私もう魔法は……」
 ボタンが初めて切断魔法を使った時、それは甲皇国の兵士に殺される寸前であり、初めて人を殺した瞬間でもあった。それ以来ボタンは魔法を使えずにいた。
「ジィータ」
女王の一声で一番女王に近い位置にいた女騎士が呼応し、一歩前にでる。
「ボタンよ、この者と国を見て回れ、気分が変わるかもしれんぞ」
「あっはい……」



「この国はどうだ?」
 馬車の荷台に揺られながらジィータが口を開く。
褐色の肌と銀色の美しい髪を持つ彼女、ジィータ・リブロースはダークエルフであり、姫騎士の1人でもある。
「とても良い国だと思います。自然は豊かだし、人も優しいし……だからいきなり私が姫騎士なんかになっていいのか……」
「私もこの20年前この国に来て姫騎士になれと言われた時はそう思ったさ……」
━━え゛っジィータさん今いくつ……?
「だが姫騎士はこの国の王に続く最高位であれど、上に立つものでも、給料がいいわけでもない。それこそそこらにいる地主の方が稼いでいるほどだ」
「あれを見ろ」
 ジィータは御者に馬を止めさせ、人工林の方を指差す。
 倒れたクヌギの側に小柄な少女が1人くっついており、少女を中心にクヌギはみるみる黒くなっている。
「あれは姫騎士1人、シェリルの持つ炭化の固有魔法の力だ」
「私の持つ固有魔法は光合成活性化、本当に魔法が作用しているかどうかわからないとよく言われるよ」
ジィータは苦笑しながら話すが彼女が国民に慕われていることはボタンもこの国で5年間暮らしてきたため知っている。
「姫騎士が使える固有魔法のほとんどは人の手で起こすことや自然に起こることを大規模に行うことができたり手順を簡略化できる程度でしかないんだ」
「ほとんど、ということは例外もいるんですか?」
 ボタンも実家は農家であり、元の国に住んでいた頃は貪欲に農業に関する蔵書を読み漁っていたので純粋に知識欲に駆り立てられていた、この国の農業が他国の1000年先を行く理由を。
「教えても良いが国家機密そのもののようなものだ、姫騎士になるのなら話は別だが……」
「会わせて貰えるのなら気持ちが変わるかもしれないです!」
「ふふ、言うじゃないか、良いだろう見せてやる、この国の農業の真髄を」


 馬車に揺られ数時間、お互いの野菜の豆知識披露大会もネタが尽きてきた頃に、ようやく目的地にたどり着いた。
 それまで周囲を覆っていた雑木林は目の前に立ち並ぶヒマワリの壁で断ち切られており、この先が立ち入っては行けない場所ではないかと連想させる。
「こっちだ」
ジィータの歩く先には雑木林に紛れて塔が建っているようだ。
あまり手入れされていない狭い螺旋階段を登ると、ヒマワリの先にあった景色が目の前に広がった。
 円形に綺麗に整地された空間にまるでピザの一切れ一切れのように様々な野菜、草花が所狭しと植えられている。ボタンは教科書でこれを見たことがあった。
「これ……放射線育種場だ!!」
「ほう、お前のいた国ではそう呼ばれているのか。いつか行き方がわかるといいのだが…」
 ボタンのいた国でもまだまだ研究が進められている技術であり、それがこのフローリアで行われていることにボタンは驚きを隠せない。
「私達はあれをイクスビームと呼んでいる。彼女の魔法を浴びた個体は変異を起こしやすくなるのはわかっているのだが、いかんせん何が彼女の手から出ているかさっぱりでな……」
「やっぱり近づくと私達も影響を受けるので会えないですよね」
中心には祭壇のようなものが見えるが遠すぎて人がいるかどうかすらわからない。
「そうだな、それもあるが彼女はやろうと思えば禁断魔法をも引き起こせると言われている。この国の根幹だ、同じ姫騎士と言えど簡単に近づくことは難しい」
「そうですか……」
「さて、次は私の番だな」


 それから数時間後、ボタン達は再び城へ戻っていた。
 もうすぐ日が落ちる時刻であり、もうすぐ何が起こるかはボタンが知っている。
「よぉ、新人さんの話は聞いてるぜ」
 彼女はクレア・フレイン、姫騎士の1人であり、フローリアで彼女の名を知らぬ人はいないだろう。
「さて、おっ始めるか…!!」
 ジィータとクレアが城のバルコニーにある球体に手を翳すと精霊回路を伝ってこの国全体へ魔力が伝導し、ゆっくりと城を中心に光球がポツリ、ポツリと出現し、暗くなり始めていた国土を照らしていく。
━━城から眺めると畑で見上げるより綺麗……これが姫騎士の力なんだ、私にもこんな力があるのかな……。
 見た目には何も変化は無いが、光源魔法に合わせてジィータの光合成活性化魔法も同時に発動させているようだ。
「新人さんよ、要は使い方だぜ、どんな魔法もな」
「そうだな、こいつも魔力量こそ他の誰にも引けを取らないが、なにせ使えるものが光源魔法だけだから歩く松明なんて呼ばれていたがここでは姫騎士で一番の人気者だ。アルフヘイムで単なる兵士でしかなかった私も同じような境遇だったな」
━━今まで農家の手伝いをして暮らしてけど、私は元いた国に帰る方法を探さなければならないし、果たすべき復讐もある、そのためには力も知識も今の私にはない……。
 ボタンは拳をギュッと握りしめ二人に向き直り宣言した。
「……今の自分に何ができるかわからないけど、私姫騎士になります!」
sage
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